モノローグ
■「英国紀行(チェルシーフラワーショー編)」□□□■□

(注)本文は英国ツアーの同行者、Y.K(外部スタッフ)が書いたものです。
朝一番にロンドン中心部から少し南西の街、チェルシーへ。 一般公開の初日、噂に聞いていた混雑模様はゲート前の行列で理解できました。 場所は王立病院の敷地内ですが、この数日間に限り世界中から人が集まるガーデンイベントの会場に様変わりします。

青空は珍しいとのこと

ロイヤルホスピタル
時刻はまだ午前9時だというのに人越しに各庭を見るような感じです。 誰もがシャッターを切ることに夢中で、当初はどれじっくり見てやろうか……と企むも、周囲の雰囲気に流されつつデジカメのメモリを消費することに専念しました。


雲の流れが早い

天空の旅人っぽい空撮(by BBC)
無駄な絵心により、デッサンしようと密かに持ち込んでいたスケッチブック(ミニサイズ)も出すタイミングが見当たらず。そんな人はどこにいません。
想像と違っていたのはそれぞれに生活感があることでしょうか。

植物単体の物珍しさ以上に家具や小物など人工物との融合が巧妙でした。 素人の私は植物の知識が乏しいため、細かいことはよくわかりません。

わかった風なことはいくらでも言えますが、わからないことをわからないと言える正直な大人でありたいです(笑)


静止画
わからないなりに考えた結果、初心者としてのファーストステップは庭をフィルターにしないことだと思いました。

これが美術館であれば画家の意図を読み取ろうとかするものですが、それは描く者と見る者の間にあるラインを超えないことが前提です。

しかし、そんな線はあってないようなもの。 庭もまた然り。 人は見えない線にふりまわされているんです。


サラダ的な

つくりものガーデン

CAKE & SUSHI

ニュートンが愛した庭(ウソです)
思いを新たに周囲を見渡してみました。

鑑賞用という差別化や敷居の高さはなく、庭は生活の一部であり、家族の一員であり、想像の一端であることを感じました。


テトリスもどき
近年、生活感のない家づくりがかっこいいと持て囃されていますが、それは物欲の延長に過ぎないのかもしれません。

人は老若男女を問わず、石や銅や鉄の鉱物、パンと紅茶の食卓、絵画と彫刻、ペットからブリキのおもちゃまで、万物を迎合する寛容さがそこにありました。


テーブルの上にパンと紅茶
やりようによってはママチャリのかごに長ネギを入れたジャージ姿のおばちゃんでさえも受け入れられるような気がします。
単純にこうしたいああしたいという人の望みの先に庭があるという、ただそれだけのこと。

センスの良し悪しやお金の有無を言ってしまえばすぐに話は終わってしまいます。


野菜不足を考える
隣りの芝が青く見えるのは己の望みが薄いから。

結果、幸も芝も薄くなったりならなかったり。


占いの部屋

長寿の秘訣

邪魔なくらいがちょうどいい

正直な話 “たかが庭見物” と思っていましたが、今後を考えさせられるよいきっかけになりました(笑)

中にはどうだまいったか……と言わんばかりの前衛的なガーデンも見られましたが、それも視点というかその人の望みの先だと思えばウェルカムのメッセージが目に浮かんできます。


華のある人

本当のキッチンガーデン
お昼過ぎ、フードスペースで軽いランチをとる頃には雰囲気が一変していました。団体客の観光バスが続々と来場し、どこを見ても黒山の人だかり。

人の流れに乗るのも大変なほどの混雑です。


人が増えてきた

イベント広場は人だらけ
お土産用のチェルシーグッズを数点購入して、飽和状態の会場をあとにしました。

次回訪問のために早描きテクニックを身につけておきます。


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