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1993年Jリーグチャンピオンシップ第2戦、当時テレビ観戦していた私は信じられない光景を目の当たりにした。
ジーコが審判の判定を不服として、PKのボールに唾をかけたのだった。
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あれから10年後、ジーコは日本代表の監督に就任し、今回の東アジア選手権では優勝することが大前提とされてました。
事実上の決勝戦、韓国戦に家族4人で行ってきました。
場所は横浜国際競技場です。
家をPM2時前に出て、たいした渋滞もなかったせいか、PM4時前にはスタジアムに到着しました。
今回の私の試練はビールが飲めないということです(運転手なので……)。
観覧席は、最上段の屋根がせり出すあたりでした。
それでもカテゴリー2のバックスタンド側で6000円ですよ。
前の方でも同じ値段だと思うと切なくなりました。
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スタジアムでは、まばらな観客の中で、中国と香港の試合が始まっていました。
昔見たプロレスのセミファイナルを思い出したのですが、ほのぼのとした空気の中で試合が始まり、時間の経過とともに観客のボルテージも上がっていく、そしてついにメインイベントが始まる……。
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国歌斉唱は、歌手の石川さゆりさんでしたが、コブシをまわすでもなく素直な「君が代」でした。
ともかく、日本サポーターの大応援の中でのキックオフとなったのです。
試合開始18分、FWの大久保がシュミレーションの反則で、退場になってしまいました。
私たちの位置からだと、韓国側の反則で、PKをもらったとしか見えませんでした。
どんなスポーツでもそうですが、勝負事には、必ず審判がいるものです。
そして応援しているチーム、たとえプレーヤー個人でも応援していれば、審判の裁定がとても気になります。
負の方にはたらけば、それはもう…えらい剣幕でが鳴り立て、正にはたらけば、何事もなかったかのように喜び騒ぐものです。
とにかく納得のいかない審判の裁定で負けた試合は、胸がモヤモヤして夜も眠れません。
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結局この日の試合は、引き分けに終わりました。
そして日本は優勝を逃してしまったのです。
世界一の負けず嫌いと言われるジーコは、この日の判定をどのように思ったことでしょう。
審判も試合の一部。
審判を含めての勝敗。
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そんなに騒いだつもりはなかったのですが、試合が終わってみれば喉がカラカラと痛くなっていました。
遠い帰り道に憂鬱になりながらも、またチケットが手に入ったらスタジアムに足を運ぶ決意を固め、長いテールランプの列に続いたのでした……。
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